井上ひさし原作の「ブンとフン」。久しぶりに読み返してみた。

「ブンとフン」は何度読み返しただろうか。入手した当時、所有したヨロコビも手伝って、何度も何度も読み返したものだ。
奥付を見ると、新潮文庫での初版は昭和四十九年とある。定価は220円とある。
恐らくはじめてこの本を手にしたのは中学生のころ。自分の小遣いで比較的自由にモノが買えるようになったころ、古本屋で買い求めたものであろう。
当時(も今もだが)わが家は決して裕福ではなかったのではあるまいか。
というのも、中学生になるまで、自分自身で「モノを買う」という経験をしたことがなかったし、する必要もなかった。今思うと「円を基軸とした日本経済」の埒外に遊んでいたのだ。
友人が所有している超合金「大空魔竜ガイキング」とか、「超電磁ロボコンバトラーV」だとかを目にするにつけ、「いったい彼らはどこからどのようにしてあの超合金を我がモノにしたのか*1」全く理解できていなかった。
欲しくて欲しくてたまらないのだが、どこにいけばもらえるのか。誰に言えばもらえるのか。
金銭によるトレード社会とは無縁の生活をおくっていたのである。
社会の構成員としては非常に奥手だったのだ。
私も中学生になり、どうやら「円」と呼ばれるモノを駆使すれば欲しいモノがこの手にはいるということにうすうす感づいた。ただし、はっきりと確証がもてたのは、部活の友人とともに近くの都会*2に遊びに行かなくてはならなくなったとき。
それまで、ほとんど現金を持ったことがなかった私。地元の商店でも、なにがしかの取引はほとんど母親を介してしか行ったことが無かった。
ちっちゃいプライドは、主要な目的地であるスポーツ用品店や百貨店、モスバーガードムドムバーガーなど、ありとあらゆるところでずたずたになっていったのだった。

ブンとフン (新潮文庫)

ブンとフン (新潮文庫)

ブンとフン (井上ひさしジュニア文学館)

ブンとフン (井上ひさしジュニア文学館)

いまや子どもじみた大人買い、しまくりである。恐らくほぼ間違いなく当時の反動。
齢35、ほどほどにせねばならぬことは重々存じてはおります。おりますが、理性じゃどうにもできぬこともある。
これが「トラウマ」っちゅーやつ?

*1:ただし、一度だけ後輩の家からボルテスファイブの合体超合金のうち、胸部のパーツをもらって帰った時、母親から尋常じゃないくらい叱られた。盗みは良くないと言うことを教えたかったらしいのだが、だからといってそれではどうやって欲しいモノを手に入れるのか、その方法は一切教わることはなかった。

*2:今にして思えばしがない弱小県庁所在地。