ウチダ本、読了

日本辺境論 (新潮新書)

日本辺境論 (新潮新書)

日本辺境論を読み終えた。日本語では、「僕」や「私」という人称では語れないことがあること。「である」「です、ます」などの銚子によっても語れたりそうでなかったりすることがあるということは、経験的にわかっていたような気はしていた。かつて垂れ流していたメールマガジンでは、第三者視点で私のことをニュース形式で語っていたものだ。でもそれじゃ書けないことがあった。それは「私」や「僕」、もしくは「オレ」じゃなきゃダメだったような気もする。いまとなっては何を書きたかったのか、伝えたかったのか全く覚えちゃいないけれど。このダイアリーだってそうだし。