制御不能

昨日から左足の甲に痛みを訴えている父を医者に診察してもらった。やっぱり原因は不明。なにせ相手は失語症者である。本人の口から診察に有効なセリフが聞けなかったという。
父の失語症心因性のものではない。「失語症」と言ってしまえばただ単に発語の障害であるように思われる方が多いが、これはゴカイである。特に外見だけを見ると同年代の人たちよりも若く見えるし、表情や手足の動きを見ても一見しただけで病気だと認識できる方はいないだろう。しかし脳みその中身は違うのだ。いわゆる認知症の一形態だと理解した方が正しく対処できるような気がしている。脳の中のウェルニッケ野という個所あたりの損傷が引き起こす症状で、その損傷原因は不整脈に由来する脳梗塞(こうそく)である。アルツハイマーなど進行性ではないため、日々少しずつ弱っていくものではない。今の生活を守って脳梗塞(こうそく)やその他の症状を守っていけば現状維持はできるはずなのだ。
しかし、相手は脳みそに障害を負った70過ぎのおじいさん。家族に向かって怒声を浴びせ僕(しもべ)のようにかしずかせることだけでその高いプライドを温存するという対人戦略しかとれなくなってしまっている。自分自身の非を認めることなど無いのだ。何せ失語症である。我らの顔色と雰囲気だけで、きっと第六感ってヤツをフル活用してこちらの言っていることを理解(しようと)しているのだ。しかも正しく理解できているわけではどうやらなさそうで、おおむね伝わっているかなという程度なのだ。言葉の意味ではなく我らの雰囲気だけで判断しているのである。
そんな父が外部と折り合いをつける方法はというとやっぱり怒鳴りつけることだけなのだ。さらに不幸なことに、よくある年寄りの症状同様我慢するという機能も損傷したらしくよけいに始末が悪い。母と顔を見合わせては「とりつく島もないってのはこのこと」と嘆いている。

そんな父、そうはいっても診断と治療はしてもらわなくては。レントゲン撮影し外見の所見だけだと「ねんざですかね」程度の判断。従って結局湿布薬を処方してもらう程度。対症療法するしかない。
さらに困ったことに、容易に想像できることだが患者である父は医者の処方をきちんと聞いて理解することが十分でない。「安静に」と指示されたにもかかわらず診察後に我が家でいつものようにうろうろしていたという。
結局夕方には痛みで歩けなくなり、あろうことか四つん這いになって移動する始末。
スフィンクスは通行人に「朝は4本昼は2本夜は3本足のもの」と質問したという。夕暮れを迎えようとしている父は一気に4本になっちゃった。一時的ではあろうが。